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すべては読者へ届けるために。

Road to 直木賞!

チーム「ツミデミック」のあゆみ

第171回直木三十五賞を受賞した一穂ミチさんの『ツミデミック』。「パンデミック×犯罪」をテーマにした6話からなる短編集です。「小説宝石」での掲載から単行本化、そして読者に届けるための販売戦略。チーム『ツミデミック』のあゆみをご紹介します。また、最後に担当社員から就活生の皆さんへのメッセージもご紹介します。

Profile メンバープロフィール

文芸編集部副編集長(担当編集) 光英 麻季

2003年光文社入社。広告部を経て、2006年より文芸編集部、2022年より文芸編集部副編集長。担当作品は、『舟を編む』(三浦しをん・著)や、『リラの花咲くけものみち』(藤岡陽子・著)、『リカバリー・カバヒコ』(青山美智子・著)、『わたしたちは、海』(カツセマサヒコ・著)など。

書籍販売部主任(販売担当) 福田 峻佑

2013年光文社入社。雑誌販売部、販売企画部(現・販売促進部)、文芸編集部、コミック編集室(現・コミック編集部)を経て、2023年より書籍販売部。

2021.4

『ツミデミック』のはじまり

2023年11月22日に発売された『ツミデミック』。この作品が刊行されるまでには、どのような工程があったのだろうか。担当編集の光英麻季さん(以下、光英)に、完成するまでの道のりを聞いた。

「文芸編集者は、光文社でだれも担当していない作家さんを探し、毎月1回の企画会議で新しい企画の提案をします。いくつかパターンがあって、王道なのは各社の新人賞を受賞した作家さんにあたること。新人賞受賞作を読んでの感想や、どのタイミングで交渉するかなどを含めて、編集部内の意見を聞きます。ほかには、すでにデビューはされていても、まだ光文社ではお声がけしていない作家さんや、最近ブレイクした作品がある作家さんにあたることもあります。編集者は常に新しい書き手に対してアンテナを張って、書店をまわったりSNSで情報を得たり、他社の編集者から話を聞いたりと、次に書いていただきたい人を探しています」(光英)

作品が生まれるまでに、『ツミデミック』ではどのような流れがあったのだろうか。一穂さんとの出会いのエピソードを聞いた。

「一穂さんにお声がけしたのは、講談社から刊行された『スモールワールズ』がきっかけでした。発売前からプルーフ※が重版され、書評家さんや書店員さんから絶賛するコメントがたくさん出るなど、とても話題になっていました。発売後すぐに読んでみたら、評判に違わぬ素晴らしい作品でした。会議で企画を出したところ、ほかにも『スモールワールズ』を絶賛する編集者もいたことから、すぐに打診することになりました。これが、2021年の4月のことです」(光英)

※プルーフ:簡易製本版。おもに応援してくれる書店員さん、書評家、メディアなどにお送りしている。発売前に作品を読んでいただき、書店での販売促進に活かしていただくほか、感想をいただくためなどにも使われる。

2021年の4月からはじまった『ツミデミック』のあゆみ。しかし、当時は新型コロナウイルスによるパンデミックの最中。どのようにして一穂さんとコミュニケーションを取っていたのだろうか。

「当時はコロナ禍だったため、出張も会食も禁止という状況でした。一穂さんは大阪にお住まいなこともあり、直接お会いすることができず、はじめはZoomでお会いしました。初めてお会いしたのは2021年6月です。もともと私は、子供がいて出張や会食がしづらいということもあり、当時からZoomを私生活も含めてよく使っていました。直接会うことに固執せず、可能な手段でコミュニケーションを取ることができた点はよかったと思っています」(光英)

『ツミデミック』のはじめの完成イメージは、いまのものとは違う方向性だったという。「パンデミック×犯罪」がテーマの短編集『ツミデミック』は、どのようにして作られていったのだろうか。

「私が一穂さんと連絡を取った時点では、すでにいくつもの出版社と作品を出すお約束をされていました。ですが、長いものをすぐに書くのは難しいけれど、短いものであれば合間に書けるかもしれないとおっしゃってくださって。そのときは、原稿用紙10枚から15枚の掌編のようなものであればというお話になり、よきタイミングでお声がけさせていただくことになりました」(光英)

一穂さんの短編が掲載された6冊の「小説宝石」。
「繁華街エレジー」や「お金と人」などの特集テーマが、『ツミデミック』につながっている

「短編を掲載した『小説宝石』は、当時少し尖った特集テーマを立てて作家さんに短編を書いていただくという企画をやっていました。そのなかで2021年の11月号が「繁華街エレジー」というテーマに決まったときにぜひ一穂さんにも書いていただきたいと思い、お声がけしました。夜の街の不穏で幻惑的な香りみたいなものが一穂さんにはまると思い、2021年7月ごろに依頼をしました。嬉しいことにすぐに引き受けていただけることになり、実際にいただいた原稿をわくわくして開いてみるとなんと70枚から80枚くらいのボリュームのある作品で、しかもめちゃくちゃおもしろい。思わぬプレゼントをいただいたような気分で、当時の編集長と喜んだのを覚えています。それ以降も、一穂さんにおもしろがっていただけそうなテーマの際にお声がけさせていただくようになりました」(光英)

「小説宝石」での掲載がスタートした段階では、「パンデミック×犯罪」という作品のテーマは定まっていなかったという。では、作品の方向性が固まったのはどのタイミングだったのだろうか。

「3本めの短編をいただいたくらいでコロナ禍と犯罪を掛け合わせたものという方向性が見えてきました。方向性が見えてからは、本になることを意識してお原稿を書いていただけるようになっていきました。一穂さんもはじめからテーマを意識して書かれていたわけではなく、すべてのことにコロナがつきまとう時代だったので、どうしても作品に反映されていった、とおっしゃっていました。コロナ禍のあのときでなければ書いていただくことができない作品になったと思います」(光英)

このようにして完成した『ツミデミック』だが、「パンデミック」になぞらえた特徴的なタイトルには、あるエピソードがあった。

「最初は、『ツミデミック』というタイトルではなかったんです。もう少しやわらかい、それまでの一穂さんの作品から外れないイメージの仮タイトルがついていました。それに合わせて装幀の打ち合わせや販売・宣伝のイメージもしていたんです。でも、途中で一穂さんがこの作品じゃないとつけられないタイトルにしたいとおっしゃって、『ツミデミック』というタイトルを提案していただきました。まさにこの作品にしかつけられず、いままでの一穂さんの作品とも違う印象的なタイトルになりました」(光英)

2023.8

本を「届けるため」の販売戦略がはじまる

本を「届けるため」の
販売戦略がはじまる

これまで光英さんに語ってもらった、『ツミデミック』ができるまで。続いては、「つくる」先の、「届ける」ための販売戦略。書籍販売部の福田峻佑さん(以下福田)にも話を聞いた。

「『ツミデミック』における書籍販売部のスタート地点は、初版部数会議でした。初版部数会議で『ツミデミック』の部数を決めるのですが、その際にプロモーションのざっくりとした規模感・方向性が決まります。書店用POPなどの拡材※の作成に加え、そのほかの販売促進策を編集長や販売部長などと話し合い、大枠が決まります。さらに、プロモーション部の担当も加わり、販促のチームとして動き出していきました」(福田)

※書籍や雑誌を目立たせるために、書店の売り場などに飾るポスターやPOP、のぼりのこと

このようにしてスタートした販促の活動だが、販売チームの「新しい届け方」もはじまったという。

「ひとつのきっかけは『リラの花咲くけものみち』だと思います。もともとは、一般的な拡材として、はがきサイズのPOPを作成していました。ただ、事前に配布したプルーフを読まれて寄せられた書店員さんのコメントを参考に、途中から切り抜きのPOPを作成するなど、新しいことをはじめていきました。その後も、『リカバリー・カバヒコ』や『わたしたちは、海』などの作品で、いままでとは違うプロモーションをおこないました」(福田)

『リラの花咲くけものみち』をひとつの転機に、新たな販促活動の実例である、『リカバリー・カバヒコ』(青山美智子・著)と『わたしたちは、海』(カツセマサヒコ・著)を紹介する。

光文社での除幕式を終え、紀伊國屋書店新宿本店の店頭に立つ「リアルカバヒコ」。
この日から1年以上の間、各地の書店をまわっている

「『リカバリー・カバヒコ』の作者である青山美智子さんとの打ち合わせのなかで生まれた、公園にあるカバの遊具をモチーフにしようというアイデア。発売後に重版を重ね、話題になるうちに、編集部でカバヒコのモデルとなったカバの遊具をつくっている業者を突き止めることができ、本屋大賞にノミネートされたタイミングで、実際に遊具を購入して『リアルカバヒコ』をつくることになりました。いまでも各地の書店からお声がけいただき、『リアルカバヒコ』が店頭に立ってくれています」(光英)

『リラの花咲くけものみち』『リカバリー・カバヒコ』『わたしたちは、海』『ドヴォルザークに染まるころ』の拡材。
切り抜きPOPやカバヒコ型アクリルスタンド、廃校で撮影した写真を用いたPOPなどがある

「『わたしたちは、海』では、湘南のあたりが舞台になっているということもあり、江ノ島電鉄の駅にポスターを貼るというアイデアが出ました。プロモーション部の社員がいちばん海が素敵に見える駅を探しに、江ノ電の各駅に視察に行ってくれています。実際に鎌倉高校前駅など3駅に特大ポスターを掲出し、ポスター内には書き下ろしスピンオフ作品が読めるQRコードや著者のカツセさんの直筆サインを入れるというプロモーションをおこないました。また、抽選でプレゼントした特製ポストカードは、カツセさんが撮影した海辺の写真を使用し、作品内の全7話にまつわるショートストーリーの書き下ろしが掲載されたものになっています」(福田)

さまざまな方法で作品を「届ける」ためにおこなわれているチームでの販売戦略。それには、販売担当、プロモーション担当だけでなく、担当編集も含めたチームとして動くことが必要不可欠なのだという。では、『ツミデミック』ではどのように販促がおこなわれたのだろうか。

発売時、直木賞ノミネート時、直木賞受賞時と少しずつデザインが変わる拡材。
それぞれのタイミングに合わせて、変化が加えられている

「発売2、3カ月くらい前にプルーフを作成し、ご応募いただいた書店員さんにお送りしました。『ツミデミック』のときにはSNSを中心に募集したところ300人弱の書店員さんからお申し込みがあり、発売前から期待度がかなり高かったと思います。また、プルーフをお送りした書店員さん100人超から感想をいただくことができ、Xでその感想を24日間にわたって公開するといった販促に活かしました。発売時にははがきサイズ・A4サイズの拡材を作成し、発売2日後くらいに即重版が決まりました。その後の重版の際には、『今売れています!』とわかる拡材を作成。書店員さんにいま『ツミデミック』が売れていると気づいてもらえるように、わかりやすい言葉を使うことを意識したものです」(福田)

2024.7

直木賞受賞と『ツミデミック』販促の変化

直木賞受賞と
『ツミデミック』販促の変化

2023年11月に発売された『ツミデミック』は、約8カ月たった2024年7月に第171回直木賞を受賞した。直木賞のノミネートから受賞までのチーム『ツミデミック』の動きを聞いた。

「直木賞のノミネートにともない、新たな売り伸ばしの戦略を立てていくことになりました。ノミネート直後に一度重版をし、その後は直木賞を受賞した際の販売戦略を準備しました。直木賞は歴史のある賞ですので、受賞後の反響は、ある程度事前に調査ができました。直木賞受賞の際には、5万部重版と決めていました。新帯や拡材は『直木賞受賞』という文字がわかりやすく見えるように。それに加え、サイン会などをおこないました。受賞後はかなりのスピード勝負。事前に準備できる部分は準備しておいてよかったです」(福田)

「私は一穂さんと日本文学振興会との調整、事務局とのやり取りや新聞各社などの取材の対応をしていました。受賞後には、新聞各社からエッセイを書いてほしいという依頼が多く入るので、原稿締め切りの日時の調整も。一穂さんは受賞が決まった日の夜中3時くらいにもう1本めのエッセイを書き上げていましたね。いままでの受賞者のなかでいちばん早いといわれるくらいの早さだったみたいです」(光英)

直木賞受賞後、一穂さんが光文社にお越しになった際には、社員が1階ロビーで一穂さんをお迎えするセレモニーがおこなわれるなど、社内もお祝いムード一色に。

社内セレモニーで撮影された一枚。部署を問わず多くの社員が集まり、にぎやかなセレモニーがおこなわれた

直木賞受賞で終わらず、『ツミデミック』が長く愛される作品となるように、これからも作品を届けるためのチーム『ツミデミック』のあゆみは続いていく。

MESSAGE

担当者からのメッセージ

最後に、光英さん・福田さんに就活生に向けてのメッセージを聞いた。編集者・販売担当に必要な能力とは。そして、「どのような人に光文社に来てほしいか?」を聞いた。

「本は、編集者が一人でつくるものではなく、チームでつくり、売っていくもの。なので、コミュニケーションを取ることが必要不可欠です。これは、人の話を聞くというコミュニケーション力も、自分からはたらきかけるコミュニケーション力のどちらも必要。自分が困っているときなどにきちんと相談して、誰かの力を借りられるということもチームとして動くときには重要ですし、作家さんの立場や販売の立場など、さまざまな視点から考えられることも重要になります。チームの一員として動くことができるような人が光文社に来てくれると嬉しいですね」(光英)

「販売の仕事も編集と同じように、多岐にわたる仕事が増えています。いままでは部数を設定して、どう売り伸ばすかという部分を考える仕事でしたが、いまはプロモーション関連や書店さんとのやり取り、実際に現場に出るなど、より多くのことが求められています。販売は数字を追うだけではありません。求めている人材でいえば、文芸作品はもちろん、そのほかの書籍・雑誌に関して興味を持ち、分析のできる冷静な視点を持っている人。人と人との仕事ですので、細やかな部分に気がつく人が、光文社に来てくれたらいいなと思っています」(福田)

撮影/白倉利恵 構成/人事総務部 ※役職名や固有名詞は2025年2月時点のものになります