南北朝期の鍛冶によって鍛えられた大薙刀を鍛え直した豪剣、法城寺佐常を一本差しに、南蛮外衣をまとい旅を続ける一人の男、その名は夏目影二郎。
時は天保、一揆や打ちこわしが頻発し、幕府内の腐敗も深刻さを増す不安の世で、勘定奉行である父の命を帯び、関八州に巣くう者どもに影二郎が立ち向かう。

佐伯泰英コメント

 夏目影二郎の武芸と旅は、スペイン滞在時の闘牛取材の経験が色濃く反映している。
 例えば牛、闘牛は三月のバレンシアの火祭りの日程に合わせた連続興行から十月のサラゴサのピラールの祭りで幕を閉じる。

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この間、闘牛士ら一行は東に西に祭りから祭り、闘牛場から闘牛場を渡り歩いて危険な戦いを繰り返す。それはイベリア半島全土を網羅し、マジョルカ島のあるバレアレス諸島、アフリカ海岸沖に浮かぶカナリアス諸島からフランスのプロバンス地方のローマ古代都市ニーム、アルル、さらにはポルトガルに及ぶこともある。
 われら取材者もまた目当ての闘牛士に従い、東奔西走する。売れっ子闘牛士に従えば、闘牛、移動、闘牛の繰り返しだ。もう少し詳しく述べようか。
 闘牛は詩人ロルカの言葉を待つまでもなく古くは、
「午後五時ぴったり」
s  に始まった。だが、二十世紀の半ば頃より生活スタイルの変化に合わせ六時から、時に七時開催と変更された。
 西陽が闘牛場の砂地の端にかかる頃、闘牛は開始され、一般的には三人の闘牛士が六頭の牡牛と交互に対決して幕を閉じる。その時、砂地は完全に影で覆われている。
 ホテルに戻った闘牛士が最初に行うことは携帯用の祭壇の前に灯されたオリーブ油の灯明を吹き消すことだ。それは戦いの場からの無事生還を感謝する行為だ。そのあとに家族や恋人にその日の勲(いさおし)を告げ、急いでシャワーを浴びて私服に着替え、祭り客でごった返すホテルのロビーでもみくちゃになりながらも車に逃げ込み、次なる興行地を目指す。
 それは隣町とは限らない。
 一晩に移動する距離が、三、四百キロは当たり前、時に千キロに達することもある。飛行機や汽車も利用するが基本は車での移動だ。だから、闘牛士の必携品は車の中で使う枕ということになる。
 明け方、興行地に着くと一行はようやくベッドで数時間の休息に就く。
 四、五時間の眠りの後、助手闘牛士にはその日の午後戦う牡牛の下調べと、どの闘牛士にどの牡牛があたるかの組み合わせ抽選の場に立ち合う行事が控えている。
 この場には闘牛士は慣例的に立ち合わない。助手闘牛士らの長年の勘が探りだした情報により最初に仕掛ける技が決まることもある。
 牡牛と闘牛士は一期一会の戦いで再戦はあり得ない。
 この間、取材者の私は地元警察に顔を出して仁義を切り(?)、闘牛場の砂場近くのカメラマン席に立ち入る許可書を入手する必要がある。これが入手できなければ観客席からの不自由な撮影となる。むろん入場料もかかる。だから、この許可書の入手は最も大事なことなのだ。
 闘牛士はその日初めての食事を午後二時過ぎに摂る。闘牛場での角傷を想定し、胃に負担がかからないような軽い食事だ。食事の間にもその町の有力者などの挨拶を受けて、独りになる機会などない。
 闘牛が始まる一時間半も前、闘牛士は暗くした部屋の中で光の衣装への着替え、戦士へ変身するためのゆるゆるとした儀式を始める。
 いざ、闘牛場へ。
 二時間余の戦いが終われば再び夜の街道を走る旅が待っている。
 売れっ子は一年に百回を超す戦いの日々を繰り返す。いい時も悪い時もあるし、悲喜こもごもの闘牛士に従う取材者もまた、感情剥き出しの闘牛士の喜怒哀楽を共有して旅を続けることになる。
 夏目影二郎の始末旅は、イベリア半島の取材行を日光街道や例幣使街道に変えた道中、といえる。影二郎一行に夜旅が多いのは闘牛士の取材に従ったためともいえる。
 スペインと言えば情熱のお国柄、赫々たる陽光が照り付ける大地というイメージだがそれは真実の一面、北のカンタブリコ海の年の祭りにいけば寒さに震えるような夏も経験する。
 闘牛士も取材者もタフでなければ務まらない。
 さて夏目影二郎にいくつかの道具を持たせたが、その代表的なものが南蛮外衣だろう。両裾に二十匁(もんめ)の銀玉を縫い込んだ防具は、闘牛士が使うカポーテ、カパに由来する。日本の合羽の語源となった言葉だ。
 闘牛士は力もスピードもある牡牛に立ち向かうとき、このカポーテを使い、牡牛の視界を巧みにごまかしながら技を仕掛ける。
 この技、基本のベロニカから、見せ技の手首の捻りで表地ピンク裏地黄色が派手に虚空を舞う技まで多彩だ。
 私はこのカポーテを影二郎の旅の必携品、防寒具として持たせ、時に攻撃的な道具として使わせることを考え付いた。ために影二郎が用いる大半の南蛮外衣の技は闘牛士の技に存在する。
 こういった意味合いから夏目影二郎始末旅シリーズは、スペイン体験が一番生かされた作品かもしれない。このシリーズを書くとき、作者はスペインの旅を追憶し、重ね合わせながら影二郎に旅をさせている。

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  • 本名瑛二郎。常磐秀信の妾腹。鏡新明智流桃井春蔵道場の師範代だったが、無頼の群れに身を投じ、十手持ちを殺めて獄につながれる。
  • 豊後守。旧姓は夏目で影二郎の父。旗本常磐家へ婿に入り、勘定奉行となる。公事方として関東取締出役(八州廻り)を支配下におく。
  • 上野国国定村の中農長岡家の長男・忠次郎。侠客として名を馳せる。八州廻りの一人と結託し、事を起こそうとしている。
  • 川越城下の浪人の娘。姉の萌は吉原の遊女で影二郎の思い人だった。
  • 国定忠治の一の子分。
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